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2003年10月3日
獨協医科大学越谷病院救命救急センター 池上敬一 |
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| はじめに 「秋田市の救急救命士による気管挿管に関する4学会合同調査」(日本救急医学会雑誌2003;14(7):370、日本臨床救急医学会雑誌2003;6(4):434、平成15年7月28日付厚労省医政局指導課から各都道府県衛生主管(部)局長宛文書0728002号)は、今後の地域メディカルコントロール(以下MC)体制のあり方について、県・地域MC協議会のすべての構成委員と消防機関の管理者および救急隊員にきわめて重要なメッセージを伝えています。 救急救命士による気管挿管は、2003年4月に開始された「包括的指示下における除細動」とは医療行為としてもそれが導入される経緯もまったく異なっており、その導入は気管挿管について地域住民への説明義務を考えればきわめて慎重に進める必要があります。しかし、現状では国も県もすでに承認されたスケジュールを実行するようにメディカルコントロールの主体である市町村の消防機関と地域医療機関に説明し続けています。 この現状を俯瞰すれば、「秋田市の気管挿管問題」の本質を理解せずに、行政は単なる手続きとして救急救命士による気管挿管を導入しようとしている一方で、現場の救急救命士とその管理者(消防署の責任者)は問題を自分のこととして思考し必要な対策をとることなく、行政ヒエラルキーの上位の指示(市町村は県に、救命士は消防署長に)に従うしかないといった消極的な対応をとろうとしているととらえることができます。 しかし、こういった状況と問題点を医師が正しく認識し、医師が行政的な手続き論とは独立した医学的思考により地域の消防機関と救急隊員を指導するということがメディカルコントロールの本質的な目的であると考えます。 この記事は、救急救命士の気管挿管が医師による適切な指導がないまま(メディカルコントロールがないまま)手続きとして機械的に導入されようとしている現状に危惧を感じ、問題点を提示し活発な議論を促すことを目的に執筆しました。 |
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Contents 2.「秋田市の救急救命士による気管挿管に関する4学会合同調査」報告書(平成15年7月28日付厚労省医政局指導課から各都道府県衛生主管(部)局長宛文書0728002号)の要点 |
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| 1.「包括的指示下における除細動」と「気管挿管」の違い 平成14年7月の「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」中間報告取りまとめに向けたワーキングチーム座長報告書にあるように、「包括的指示下における除細動」は心室細動の第一選択治療として迅速性が強く求められる処置であり、事前・事後のメディカルコントロール体制を早急に整備した上で実施を認める必要があるとされています。換言すれば除細動は心室細動に対しそれ以外にとって替わる治療法のない医学的に正しい唯一の治療法であり、その導入に際しては再教育など研修の実施、指示体制の確保、事後検証体制の整備、消防関係者と医療関係者の連携体制の確立というメディカルコントロールの具体的内容が整備されていることを前提とするということになります。 一方、気管挿管はそれにとって替わる方法(しかも救急救命士に認められている)が複数存在している(バッグマスク、ラインゲアルマスク、食道閉鎖式エアウェイ)ことが指摘され(同報告書)、この点で心室細動に対する唯一の治療法である除細動とは本質的に異なっています(除細動には代替がないのに対し、気管挿管には代替が存在する)。 また早稲田大学大学院政治学研究科上田の「救急救命士制度の改革とメディカルコントロール体制の整備」と題する論文(http://www.waseda.ac.jp/projects/NMPM/event/ueda.pdf)では、救急救命士による気管挿管がいわゆる「政策の窓」として非医学的手続き(除細動は医学的手続きによります)により浮上してきた経緯が記述されています。この部分は重要なので長くなりますが以下に引用したいと思います。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― アジェンダ設定と政策決定過程 1. 懸案だった救急救命士の業務拡大 制度創設時から、業務範囲を拡大すべきだという意見があった。平成7年の総務庁の行政監察では、気管挿管の実施、医師の指示無しによる除細動の実施、昇圧剤等の薬剤投与が必要だとしていた。平成9年と12年の厚生省の研究では、時期尚早との結論だった。「政策の流れ」は、早くから存在していた。 2. 問題の発生―秋田での「事件」 秋田市消防本部が、2001年10月24日、秋田市市議会で救急救命士による気管挿管の実施を認めたのが、「問題の流れ」の発端。11月には全国紙が問題を取り上げ、12月、秋田県全域に問題が拡大。2月下旬から3月上旬に、テレビのニュース番組でも、問題が取り上げられる。 3. アジェンダ設定 2002年3月、厚生労働大臣が、国会で、気管内挿管の実施を容認する考えを表明。「政治の流れ」が合流。4月、厚生労働省と消防庁が合同の研究会を設置。 キングダンの言う、「政策の流れ」、「問題の流れ」、「政治の流れ」が合流し、「政策の窓」が開放された。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 以上のように、「除細動」と「気管挿管」は公式の報告書では「救急救命士の業務」として同列に取り扱われていますが、医学的には(代替の有無と政策決定のプロセスという意味で)まったく質が異なっています。これらの相違点を理解したうえで、「秋田市の救急救命士による気管挿管に関する4学会合同調査」が提起する問題を真摯に受け止め、地域メディカルコントロール協議会の医師が主体となり救急救命士の気管挿管に対応する必要があると考えます。 2.「秋田市の救急救命士による気管挿管に関する4学会合同調査」報告書(平成15年7月28日付厚労省医政局指導課から各都道府県衛生主管(部)局長宛文書0728002号)の要点 まず報告書の要点を以下にまとめました(記述は報告書に順じています)。 1) 一部救急救命士と気管挿管の訓練を積極的に推進した医師の協働があった。 2) 秋田市消防本部の幹部は、医師の「救急救命士の気管挿管が違法であり、このまま続けるのは好ましくない」との指摘になんら反応できなかった。 3) 秋田市では搬送記録に気管挿管などの処置事実が記載されていない、消防機関への報告と病院への搬送記録の内容が異なる、総務省消防庁への実績報告と市民への報告内容が異なるなどのあいまいさを放置してきた。 4) CPA患者の社会復帰率に関する秋田市のデータには、総務庁へ報告したものと市民向けのものと2通りのデータがあり、これらのデータの修正が行なわれていることが明らかとなった。 5) 消防統計と論文データの整合性に問題がある(バイスタンダーCPRの実施件数、生存者には顕著な相違がある)。その結果、CPAに関するプレホスピタルケアの内容に明らかな誤りがあるにもかかわらず、誤った情報が世界に流れた。 6) 秋田県の行政担当部局の当事者は、本件の重大さを理解しているとは思われなかった。 7) 行政指導体制の二重構造、すなわち厚労省と総務庁消防庁で本件についての見解が相当に異なっており、このような構造が現場の混乱を招いた可能性が十分に考えられる。 8) 県の担当部局が問題をよく把握しておらず、消防機関の関係者や現場医師との間に大きな温度差があった。 本件から私自身が地域メディカルコントロール協議会の委員として引き出した教訓は以下の通りです。 1) 救急の現場では傷病者の救命率を向上するという熱い思いがあり、それが「結果は手段を正当化する」という考え方を台頭させる危険をはらんでいる。 2) 救急救命士を直接管理する消防機関(さらには市町村、県)は、すでに始まっている救急救命士の処置拡大などの病院前救護の高度化の背景、意義と問題点を十分理解しているとはいえないが、今後はそういった状況は許容されない。 3) 消防機関の管理者と行政の担当者は、病院前救護の最前線で起こっていることを十分に把握し理解していなかった。これは今後事後検証の客観性を確保する上で重要な問題を提起している。 4) 地域メディカルコントロール協議会は医師が主体となり消防機関における救急活動の基盤と実施体制について十分な監視機能を果たす必要がある。 5) 地域メディカルコントロール協議会は、救急救命士の気管挿管について地域住民に十分説明できるよう(安全性、危険性、効果、費用など)準備する必要がある。 6) 医師はメディカルコントロール体制の要であり、あらゆるレベルの会議で積極的に発言し、消防機関を含めた行政を医学的に指導する責任がある。 7) 消防機関を含めた行政は、医学的手続きと行政的手続きを明確に区別する重要性を再認識する必要がある。また医師にはその認識をうながす責任がある。 8) 救急救命士の業務拡大はあくまでメディカルコントロール体制の充実が前提であることを再確認する必要がある。 9) メディカルコントロールの目的は傷病者に質の高いアウトカムを保証することであり、それには医学的な手続きと科学的なデータ解析が不可欠であることを再認識する必要がある。 4.埼玉県東部地域メディカルコントロール協議会とそのワーキンググループの今後の対応 救急救命士の気管挿管を実現するには、多くの解決しなければならない問題が含まれています。しかし医政指発第0728002にあるように、厚労省は来年度7月を目途とした救命士による気管挿管のスケジュールに変わりはないこと、そのために県・市町村(消防機関を含む)の周知徹底(報告書の要点にあげた内容を行政が深く理解し、市民代表を含む組織による監視に対応できることが目標)をはかること、救命士に対する教育・研修体制を充実すること、メディカルコントロール体制を充実強化(協議会の監視機能の充実)することを求めています。 埼玉県東部地域メディカルコントロール協議会とそのワーキンググループは、これらの問題に現実的に対応するために以下の方策を考えています(以下の内容は9月16日の地域協議会において了承されました)。 1) 消防機関は秋田市の救急救命士による気管挿管に関する報告書の内容を十分理解したうえで、消防機関単位で救急救命士による気管挿管にどのように対応するべきか考える。 2) 地域救急医療機関のワーキンググループへの参加を推進する。 3) ACLSを含めた救命処置を消防職員、一般市民に普及していく。 4) 地域メディカルコントロール協議会の下部組織としてのワーキンググループを拡充し、地域救急医療の質の向上のための活動を推進する(具体的にはACLSとJPTECの普及を目指す)。 5) 救命士の再教育について地域の独自性を発揮する。 6) 東部地域メディカルコントロール協議会のホームページを立ち上げる。 7) データベースを用いたpopulation based studyを推進する。 8) 東部地域メディカルコントロール協議会はメディカルコントロール活動の先導役として機能する。 9) メディカルコントロールは医師がリードする。 10) 救急救命士会を東部地域メディカルコントロール協議会の下部組織とし、その活動とその質の向上を協議会が主体となって支援する。 11) 東部地域メディカルコントロール協議会としては、救急救命士による気管挿管には依然多くの問題があると考える。 12) 将来救急救命士の気管挿管の実習を行う場合には、その候補者は医師の推薦を必要とし、また実習許可者を選抜する際には東部地域メディカルコントロール協議会が設定するハードルをクリアするなどの客観性が必要。 以上。 (敬称略) |
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